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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)126号 判決 1996年12月12日

主文

特許庁が昭和五九年審判第五一五二号事件について平成六年一二月二二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(4)<1>(利害関係についての判断)は、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1) 取消事由二(一五号)について

<1>  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(a) 原告は、イタリア国に所在する靴等の製造販売会社であるが、一九世紀後半に創業され、一九一九年に法人化された。原告は、創業以来、「TANINO CRISCI」の商号及び商標を使用しており(ただし、法人化後は、「TANINO CRISCI」を含む商号)、品質維持のためすべてを自社生産として、手作りで品質本位の高級靴(その特色は、革と製法にあり、使用される革は特に吟味したカーフ(仔牛)、ベビーカーフ(生後六か月以内のもの)、ミニカーフ(腹子)など、きわめて柔らかく、きめの細かい革が選ばれ、その製法は、甲革と中底と表底とを一緒に縫いつける、マッケイ製法が採られ、こうした伝統的な素材・製法が紳士靴、婦人靴とも量産靴にはない、足に確実にフィットし、しかも機能性に優れた高級靴を生み出している。)を製造しており、遅くとも第二次世界大戦後には、「TANINO CRISCI」は原告の高級靴製品に付される商標として世界的に周知著名となった。

(b) 我が国では、遅くとも昭和四〇年以降、「TANINO CRISCI」の商標を付した原告の靴製品の輸入が行われるようになったが、その数量(ただし、昭和四七、四八年以外は、いずれも概数)は、次のとおりである。

昭和四〇年 一、五〇〇足

同 四一年 二、〇〇〇足

同 四二年 二、五〇〇足

同 四三年 三、〇〇〇足

同 四四年 四、〇〇〇足

同 四五年 四、五〇〇足

同 四六年 五、〇〇〇足

同 四七年 四、五〇〇足

同 四八年 五、八七一足

同 四九年 六、〇〇〇足

同 五〇年 八、〇〇〇足

同 五一年 一〇、〇〇〇足

同 五二年 一五、〇〇〇足

同 五三年 一九、〇〇〇足

同 五四年 二〇、〇〇〇足

同 五五年 一六、〇〇〇足

同 五六年 一六、〇〇〇足

同 五七年 一〇、〇〇〇足

(c) 原告の社長であったガエターノ・クリスチは、昭和四〇年ころ以降、年に二回ほど来日し、ホテルで、靴の卸業者や大手の靴小売業者を招待して展示会を開催し、販売を促進していた。

(d) 原告の靴の日本での小売価格は、昭和四八年当時でも、四、五万円から一〇万円以上と高価であった。

そのため、「TANINO CRISCI」の商標が付された原告の靴製品については派手な宣伝が行なわれることはなかったが、小売店である靴店や百貨店は、高級靴の顧客層に対するダイレクトメールや店頭での看板等による宣伝活動を行っていた。

(e) 以上の事実によれば、「TANINO CRISCI」との商標は、原告の高級靴製品について使用される商標として遅くとも第二次世界大戦後には世界的に周知著名であったところ、我が国でも昭和四〇年ころから原告の靴が輸入されていたが、その数量は本件商標の登録出願がされた昭和四八年当時には六、〇〇〇足近くに達し、それ以前についても、昭和四〇年に一、五〇〇足で始まった輸入量が昭和四六年には五、〇〇〇足に達しており、昭和四八年当時でも価格が四、五万円から一〇万円以上もする高級靴の数量としては相当の数量に及んでいたものである。そして、原告の靴のように小売価格が高い高級靴については、それを購入できる顧客層が限られ、販売量が少なくなることは当然のことであると認められるところ、本件商標の登録査定時(昭和五七年三月一二日)はもちろん、本件商標の登録出願時(昭和四八年一二月一三日)においても、「TANINO CRISCI」との商標は、原告の靴製品に使用される商標として高級靴の取引業者及び高級靴を使用する顧客層に属する人々に周知著名となっていたと認められる。

<2>  被告は、乙第二号証(「世界の有名品」昭和五〇年九月二〇日発行)、乙第八号証(「世界の一流品 新版」昭和四七年一一月一〇日発行)のいずれにも、「タニノ・クリスチ」なる商標は掲載されていないことを「TANINO CRISCI」が本件商標の登録出願時にまだ著名な商標ではなかったことの根拠として挙げる。しかし、乙第二号証は、様々な物品についてわずか二五の商標を挙げるにとどまるものであるから、乙第二号証を根拠に「TANINO CRISCI」が著名でないと解することはできない。また、乙第八号証についても、成立に争いのない同号証によれば、紳士靴については、三越本店雑貨部の中田稔氏の話を基に記述されていることが認められるが、その場合やはり三越が扱っている商品の説明が中心になりがちなことは容易にうかがわれるところ、当時三越が「TANINO CRISCI」を扱っていなかった可能性もあるし、婦人靴についても、銀座サン・モトヤマの関根章典氏の話を基に記述されていることが認められるが、前記甲第二三号証によれば、サン・モトヤマが「TANINO CRISCI」の靴を初めて扱ったのは昭和四七年であることが認められるから、昭和四七年一一月一〇日発行の乙第八号証の取材当時には、サン・モトヤマは「TANINO CRISCI」の靴を扱っていなかったか、扱っていたとしてもその初期であったことがうかがわれる。したがって、乙第二及び第八号証の記載は、上記認定を左右するものではない。

また、被告は、甲第八号証の記載等を根拠に、「TANINO CRISCI」は本件商標の登録出願時にはまだ著名ではなかったと主張する。確かに、甲第八号証によれば、(DANSEN別冊「ITALIA」誌--昭和五九年八月一五日発行)には、「日本でクリスティがその名を広め、特に女性たちにその名を大きく印象づけたのは、今から一〇年ちかく前に流行したブーツブームの頃。」と記載されていることが認められる。そして、前記認定の原告の靴の輸入量も、昭和五一年には一〇、〇〇〇足に達し、昭和五四年には最高の二〇、〇〇〇足に達している事実を考え合わせれば、「TANINO CRISCI」が本件商標の登録出願後に更に著名なものとなり、その顧客層も更に拡大したことが認められるが、そのことは、前記認定のとおり、「TANINO CRISCI」が本件商標の登録出願時に原告の靴製品について使用される商標として高級靴の取引業者及び高級靴を使用する顧客層に属する人々に周知著名となっていたとの認定と矛盾するものではなく、前記認定を左右するものではない。また、仮に昭和五六年五月二五日刊行の「世界の一流品大図鑑’81年版」に登載されたのが第三者発行の最も古い資料であるとしても、そのような文献に登載されることと商標法四条一項一五号の該当性判断の前提としての周知・著名性とは必ずしも一致するものではないから、それ以前にその種の雑誌、書籍類に登載されていなかったことが商標法四条一項一五号の該当性判断の前提としての周知・著名性を欠くことを意味しないというべきである。

さらに、被告は、商標法四条一項一五号に該当するとされるためには、単に過去に販売実績があったとするのみでは足らず、必ず第三者の媒体を介しての広告、宣伝等がなければならない旨主張するが、第三者の媒体を介しての広告、宣伝等は、商標法四条一項一五号の該当性判断の前提としての周知著名性を判断する際の一要素にすぎず、必ずその点の立証がなければならないと解すべき根拠はないといわなければならない。

<3>  弁論の全趣旨によれば、靴と被服は、いずれもファッションに関連する商品であって、ブティック等においては同一の店舗で販売されることもあること、雑誌等にもトータルファッションの観点から被服と一緒に紹介されることも多いこと、また、靴メーカーがその著名性を利用して被服を製造販売することも少なくなく、近接した商品分野であることが認められる。

被告の主張のうち、特許庁の商品区分上異なる類に分類されているとの点は、近接した商品分野ではないことを必ずしも意味しないから採用できないし、上記認定に反するその余の被告主張は、採用できない。

<4>  以上の認定の事実によれば、原告の商標である「TANINO CRISCI」は、本件商標の登録出願時において、原告の靴製品に使用される商標として高級靴の取引者及び需要者に周知著名であったところ、これと同一である本件商標を被服に使用すれば、その被服製品が原告又はその者と経済的又は組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品ではないかとその出所について誤認混同されるおそれがあるものと認められる。

製品の性質上、取引業者及び顧客層が一部の範囲の者に限られる場合は、そのような取引業者及び顧客層の中で周知著名であるかを判断すべきであり、消費者一般に周知著名であることを要するとする見解は、高級品等の理由で取引業者及び顧客層の限られる製品について出所の混同を放置するに等しく、到底採用できない。

(2) 結論

そうすると、本件商標は商標法四条一項一五号に該当しないとした審決の判断は誤りであるといわなければならず、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。

3  よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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